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趣味が合わないという孤独に関するメモ


常日頃から「趣味が合わない」と僕はツイートしている訳ですが、実際のところ「趣味が合う人」を欲しているのではなくて、寂しさを埋めてくれる「何か」を求めているのではないのかと思うんですよね。

他人が「なんの悩みも抱かずに、抱いたとしてもそれは『悩み』などではないただの思い過ごしなのだ。」「自分(僕)の抱いている『悩み』こそが、真なる悩みなのだ!!」...なーんて、つけ上がっちゃうあたり「自分は特別である」という自尊心が、おかしな方向に異常に膨らんでしまっているんだと思うんですよ。

「自分の最大の味方は、自分自身である」からして、まず「自分だけは自分を決して見捨てない」という強い信念、つまりは健全なる自尊心があれば、上記のような「おかしな自尊心」なんて「かえって自分の成長を阻害していまうもの」だと、本能的に察知できるはずなんですが...。この位置に「特別の他人」を置いてしまうと、今度は「依存」という問題が生じてしまう訳ですが、とりあえずそれはここでは省きます。

いやはやなんとも、矛盾に満ちた自分の感情って、まるで宇宙規模の哲学書みたいですね。

とりあえずまとめると。「寂しさを紛らわすのではなくて、寂しさと共生する方が」あながち楽なのだろうと思います。

ニーチェの「現実をありのまま受け入れ、自分の弱さを乗り越えよ(意訳)」という『超人』に関してですが、今の僕には...いや未来の僕であろうとも、まるで右手を右手で握る行動よろしくな訳ですが、先の思想を部分的に拝借して「『寂しいという現実』を受け入れられたら」とりあえずはネットであろうと、現実であろうと、生き生きとできるのだろうなあなんて。

もしあなたが「趣味が合わない」と「特定の人物に対して」ではなく、なにか得体の知れない「モノ」に思うのであれば、おそらくその発想根源は「寂しさ=孤独」にあるのではと僕は思います。

例:ツイッター上で、何かしら個人的に魅力を感じているモノゴトに関してツイートした際に、何かしら反応がない、自分が魅力あるコンテンツをシェアしているのに、TLには「眠い」「おやすみ」等の「どーでもいい」ツイートしか流れていない。→「自分(僕)はこんなにも面白いコンテンツ(に関する)をツイートしているのに、なぜ君達は反応しないのか→寂しい→自分の事を分かってくれる人なんかこの世界にはいないのだ!!→孤独感

※特定の人物ならば、「あの人に向けてメッセージを送ったのに、反応が無い→寂しい。となる訳ですが、今回取り上げる「孤独」とは種類が違うので無関係です。

そこで僕が(気休め程度ではありますが)提案するのは「『孤独に生きた先人達』の書物を漁る。」という手法。

孤独それ自体と向き合いながら生涯を終えた(と個人的に思っている)人達の思想が散りばめられた各々の書物を漁れば、何かしらヒントが見えてくるかもしれません。

ニーチェ、芥川龍之介、三島由紀夫...などなど。ちなみに、孤独を演じ孤独になりきれなかった最もたる例はおそらくゲッベルスかと。

「自分は特別であると思う自分の存在」をまず認めてあげる事が、孤独という門を叩く、きっかけのきっかけとなるのではないでしょうか。
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