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ただ「愚痴」じゃない「何かを」ひたすら聞いてほしい時ってありません?

自分が思う事を何者にも邪魔されず、満足するまで「ただ話していたい」時ってあるんじゃないでしょうか?
「愚痴」を聞いてほしいのではなくて「様々な思考を熱く語る様」を見守ってほしい。下手に同情されたい訳じゃない、ただ聞いてほしいってよりかは、ただひたすら「何か」を伝えたい。
起承転結のある話ではなくて、まさに「思考」と言ったものを語りまくりたい。そういうと「それは愚痴を聞いてほしいって事だよ」と「1+1=2」は「1が2個あるから2」のように、ただ一つの道しかないような扱いをされたいのではない。
よく僕は「君は結局何を言いたいの?」と言われてしまう。話をしていると「A→B→『いや今さっきのAについてまだ『説明しきれていない』→A補足→『うーんA補足にはA補足の補足つまりA補足補足が必要だなぁ』→ry」ととにかく喋りすぎる。だから相手は「?」となる訳だ。
最近いわゆる「現実で生きる人達」と接する機会が、特に「ちゃんと」働くようになってから大幅に増えた。
最初こそは「僕も哲学だとか思考だとかユーモアだとかそんなアホみたいな事言ってられなくなったわ。んじゃな~」なんてスタンスでいたけど、こうやって多分夜勤明けの潜在疲労(=本人は疲れたとは思っていない→思っていてもそれを言うと何かに負けてしまう気がして決して本心=本人が本人として確かに意識している上での本心では疲れているとは思ってはない)故のリミッター解除なのかなあ。
このブログはてめえのために書いてる訳じゃないから俺は好きなタイミングで記事を終わる。
とりあえず僕は喋るならねとらじを選んでる。
リスナーに聞いてもらってるんじゃなくて、僕の大変参考になる思考の様、室長という一つの哲学をそれぞれで大いに解釈し悩んで貰えればしてやったぜって感じ。
大体なんというかな、特に職場の人間は「現実」に行き過ぎていてとてもつまらない。自分がつまらないからつまらなく見えるとは言うけど、多分これは本当だろう。
思った事を支離滅裂にいろいろ書いていくことにする。あと最近あったこととかも。
その1
正社員になったぽい。
その2
他の職場勢が人間として無能。
その3
今の職場は確かに楽しいしオモシロイ。だがしかし「人間的魅力に欠ける人間」しかいない。と思ったけどやっぱりこのあたり僕が典型的なネット人間だから、RPGよろしく村人A(会話内容が半永久的に変動し続ける)を観察できないから違和感を抱いているだけなのだろうなーと。
だってほら、「現実」の人間は1人で実際に喋り始めないでしょ?
必ず相手がいて喋り始めるでしょ?
ネット(特にツイッター=ツイッタラー的なユーザー)は「特定の誰かではないけど、誰かに向かって何かを主張している」じゃない?
村人Aも「ゲームキャラに向かって話して→仮想的ではあるけれど『個人→個人』の図式で表される。そして上から『あなた』はその様子を眺めている。ツイッターのTLを「監視」(俗に言う監視ではなく、意味としては観測かつ傍観に近い)する様は村人Aと主人公を眺めるいわば「神の目線」。
「現実の人達」と話す時、自分が個人→個人の個人になってしまうからパニックになるのではと。じゃあその様を「観測」してしまえばいいのだろうなあと。
でもそれって悲しいなあって思うんですけどね、だけど悲しいなあって思えるならまだちゃんと個人であり人間なのかなと。
この辺でストップかけときます。
次回はそれなりに「まともな」文章かけるよう心がける。(心がける)
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