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「社会の底辺」を考える時、その「社会」は自分の属する社会であるはずがないという葛藤

多分僕が「社会の底辺」を考える時、僕はその「底辺」が存在する社会に属しているという現実と戦っているのだと思う。
自分よりも下がいる事で安心したいのではなくて、自分がその「下」がいるコミュニティとどこかでつながっている事に対する嫌悪。
潔癖症の人が「自分が汚いと判断したもの」が存在するこの世界に自分もまた存在しており、もしその「汚いもの」が目で耳で手で確かに可視化できなくとも、自分が海外へ行こうとも、この地球に生きてる限り、いや宇宙に出たって、その汚いものがある地球と接触しては永遠に逃れられない恐怖を。
実にシンプルに言えば逃げられないなら、受け入れればいいと言うが。
そう言うことではなくて、何かを考えて形にしようとした時、箱に入らず、ふとその箱に気づいてしまったなら、真理なるものの存在を垣間見てしまったなら、人は急に恐ろしい気持ちになってしまう。
前にいわゆる「現実に生きれる人」にこんな質問をしてみた。
「なんでもいいけど何かを考えたとき、何かとは関係ない『真理』のような感覚が急に襲ってくる事ない?」
気づいてしまった人間が自分だけではないと安心したいのだろうな。
「なんですかそれ笑」
「うーん。よくわからないんだけど、例えば布団に入ってさ。
(地球...宇宙....宇宙とは?%{^*\";'\$\!.!・xmzlzlzんsbzmzlzldjsklsーpそおhwbdkskぢおどslうぃをqlsksっっっっwkdldmbし????!!!!?!?????kskdっlぉdーあかまl???)
「....みたいな現象に」
「えー笑わかんないです笑」
「いやぁ~やっぱ説明難しいわなあ」
「なんつうかなぁ...」
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