スポンサーリンク

本を読まない人に読書家ではない本好きがあーだこーだ言う記事



「本を読む人ほど話が面白い」とはよく言われますが、実際のところ本を読むか読まないただそれだけで、話の面白さが変わる訳ではないと思います。

本を読む理由は人それぞれではあるのですけど、いわゆる「話の面白い人」というのは実際のところ話それ自体が特別に面白い事は稀で、その人がどんな人なのか?それが一番大きな要因じゃないでしょうか。

話の面白い人というのはつまり、本であろうと週刊誌であろうと、ネットの情報であろうと、テレビやラジオ、それこそ別の誰かから聞いた話であろうと、全てを「その人独自らしく」に置き換えてしまうだけの魅力、個性、創造力が高いのかなぁと。

本を読む人(1日に最低でも2時間は読書に時間を充ててるような『読書家』)で「話の面白い人」というのは、本で得た知識を、テスト勉強よろしくな知識ではなくて、経験や体験にも似た概念として捉えているのではないかと。

あなたが誰かに何かを話す時、自分の体験を話す時、その正確性に比重を置きますか?僕ならそんな事より「こんな事があったんだ!」と伝えたい気持ちの方が強くなります。おそらくあなたもそうじゃないでしょうか?

自分が経験体験したことってのは、その正確性よりもエピソードが大きな原動力となる訳です。

からして、本を読むか読まないかだけで話の面白さなんてものは測れないんじゃないかなーと思った訳です。


さて話は変わりますが、「本を読まない人」に「本って面白いよ~」なんて言うと、「えー難しい」「文字が苦手で」「なにを読めばいいか分からない」というような返答をもらう事が多い気がします。

そういう人達ほど普段の日常生活においては、極めて会話が「面白い」。彼ら彼女らは「経験や体験」の世界へ難なく飛び込み、もしくは既にその世界を主な生息地として暮らしている訳で。そうですね。柔軟に対応できてしまうだけの才能と能力が元から備わっているんです。

だけども、そんな彼ら彼女らにとって本(読書)というのは、「読書」するというのは、全く異なる世界へ、それこそジャングルの奥地へ、生息地以外へと足を踏み入れるように写るのかもしれません。

彼ら彼女らにとって読書とは、椅子に座って、例え家で寝転んでいようとも、心を鎖に繋がれて、まさに「受験勉強」、修行苦行にしか見えないのかもしれません。

でもでも、実際のところ読書は自由の象徴、つまりは鳩のようなもので、あなたの新大陸への希望の兆しを知らせてくれる、何者にも縛られない自分だけの大冒険へと導いてくれる、素晴らしい羅針盤なんです。

本を読む人、それでいて話の面白い人というのは、そんな希望の羅針盤を持ってるから、その人の話がキラキラ輝いて、その人の目も輝いて、それを聞いているあなたも、そんな希望に魅せられて、だから話を面白いと感じるのではないのかなあなんて。

話を面白くするコツなんてものは、夢物語であって、「黄金と希望の羅針盤」は千差万別であります。読書が苦手な人ほど、航海するだけの技術が高い。ただただその航海を支える羅針盤は、勘と経験という名の力強くもどこか脆いものなんじゃないかなあと。

読書を通じてあなただけの羅針盤を、オリーブを咥える鳩を、そして先導者に巡り会うために、ちょっとばかり読書を始めてみてはいかがでしょうか??

できれば紙の本がいいかな。それが1番「温もり」を感じ取りやすいからと僕は思います。


←クリックで励みになるゾ
スポンサードリンク