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最近また読書にはまってしまった話をしたかった




思い起こせば中学生時代。

それはそれは毎日のように本を読んでました。

その時好んで読んでいたのがホームズやら二十面相やら。特にヴェルヌ。

宗田理さんの僕らシリーズも。それから青い鳥文庫のパスワードシリーズに夢水清志郎シリーズ。

青い鳥文庫のクロスオーバー系小説。

全体的にフィクションが多かったですね。

高校時代は一気に読書量が減り、引退までほぼ読んでないに等しいです。

とはいえ部活引退と同時に時間的にも猶予(受験勉強はあったものの)が出来たので、また図書室に通い詰めるようになり、その特は特に絵本を好んで読んでいました。

絵本っておもしろいんですよ。あれ文字が究極に少ない。逆に言えば自分の世界が一気に広がる。
絵本なのでヴィジュアル的な情報量は多いのですが、その先の考察がいかんせんおもしろい。

細かい表現で情景を的確に描写してくれる一般書籍の方がもしかすると絵本よりも「読みやすい」のかもしれませんね。

さてはて大学生になってからは入学当初こそ図書館に足を運びもしませんでしたが、一時期から(つまりはダークサイド時期)から最も落ち着ける場所が図書館となったので、また本を読むようになりました。

中高を通してフィクションを好む傾向にあったのですが、やっぱり大学の図書館ともなると専門書籍が多く揃ってまして、そのおかげでアニメイテッドカートゥーンやら無声映画(映画史)への興味が開花した訳でもありますけど。

ところが。本って好きな本を好きな時に読めばいいので1日何ページだとかナンセンスな話ではあるんですが、1日一冊は必ず読み切る中学生時代に比べると大幅に読書量が減ってしまいました。

これはインターネット環境の充実、自分用のパソコンやそこでもアクセス可能なスマートフォンの影響が大きいですね。
この「おかげで」読書量が格段に減り、よっぽど興味を惹かれない限りは1日50ページ程度が限度でした。
それでいて、個々最近まで読書にしろ映画史や自己哲学への探求にしろどこか「逃避」がつきまとっていたのもあるでしょう。

しかしながらここ最近、それはそれは「理想的」とまでは言えないまでも、概ね良好な具合に人生の転換期なるものがやってきまして。まず第1にスマートフォンのキャリア解約。このおかげで自宅以外では基本的にインターネットにアクセス不可となりました。となるとまだしこりが残っていた当時(といってもここ最近の僕を指しての当時ではありますが)においては、自宅から極力出たくない。ついでに大学に行くための「足」がない(定期券)。というか大学ももうやめてしまう。そんな事を自分の頭の中だけでグルグル考えていました。だからもう絶望を通り越して「生きることすら」なんなのか?と悶々とする日々でありました。

だけども人間不思議なもので、本格的にヤバイ!!と思うと自分のできる範囲で行動するんですね。そういう具合で、なんだかんだでまた大学生をやることになって、お恥ずかしながら僕は今年から6回生を始める訳ですが、多分社会一般的に言う6回生って「かなり恐ろしいもの」(特に現役の大学生からしたら)に映るかと思うんですね。

だけども実際のところ6回生にもなると編に肝が据わってしまって、生きるとは?学ぶとは?自分とは?などといった非合理的な事を真面目にそしておおらかに考え出したりもします。

そりゃ留年せずに「ストレートで」卒業するのが1番いいんですけど、精神が未熟なまま「成熟」しないまま「成長」しちゃうと、それこそ社会人としてやっていけない、どうしていいかわからない。そんな事態になってしまうんじゃないかと。僕の場合はきっと、ストレートに卒業した大学生が大学生じゃなくなって初めて経験する「挫折」を先取り、というかつまみ食いというかメインディッシュにしちゃってお腹いっぱいで動けなくなっちゃんだと。そんな感じ。
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