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喉の渇きは時間の乾き?



喉がどうしても乾いて、あなたの財布には100円も入っていないとして、しかし喉は乾いて乾いて仕方がない。

友が近くにいれば「ちょっと小銭貸してくれん?」とでも言えばいいのだろうけど、困ったことに「今」小銭を貸してくれる輩もいない。

かといってその辺を歩いている見知らぬ人に「すみません。喉が乾いて仕方がないのでお金を貸してくれませんか?」などとも尋ねる訳にもいかない。

となれば、帰宅するまで耐えねばならない。という具合であります。

なんでこんな記事を書いているかと言えば、自分自身まさに今日。同じような現象に見舞われまして。

しかしながら不測の事態に備えて、家をでるときに水筒に麦茶をいれて。つまりは喉の渇きは潤うのだけれども、お茶を飲めども飲めども一向に乾いた気持ちは変わらない。

なんやかんやで家をでる前は、つまりは朝方は夕方まで大学の図書館で読書でもなんて考えていたのだけれども、昼過ぎには耐えきれなくなって、気づけば家で紅茶を飲んでいた次第。

いやはやしかし。紅茶じゃ喉の渇きは潤わない。むしろ喉が乾くだけじゃないかと思ったのだけれども、不思議なことに乾きは消えて、至福そのものに。

なるほど。喉の渇きとは喉が乾いている。ただそれだけではなくて、精神的なつまりは、何かに圧迫されない。さらに言えば、外の世界を流れる時間の乾きからも生じるなんて。

よくわからないことを考えました。
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