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コミュニケーションに関してあれこ備忘録


あなたは誰かと話している時に「自分の話が相手にうまく伝わったか不安になる事」ってあります?
僕はしょっちゅうあります。最近は個人同士での会話もほぼゼロに近いのですが、一時期いろんな人達とお喋り(ネットですが)していた時に毎回悩んでました。

この記事を読んでる、僕と喋った事のある方々達はもしかすると驚くかもしれません。
「えぇ?室長くん(さん)めっちゃ喋るじゃん!!全然不安そうに聞こえなかったんだけど」みたいな。

はい。僕はとにかく喋ります。それはそれは喋ります。
なんでこんなに喋っているかって言えば「不安だから」喋りまくります。
そうですね。不安をかき消す為に「量とスピードでカモフラージュ」するんですね。
だから「質」なんてほとんどない。
けれども大衆ってのが本質よりも表面に流動しやすいのと同じように、ガンガン喋りまくっときゃ勝手に質は伴うもんです。
だけども誰にでもガンガン喋る訳じゃないんですよね。

僕がお調子者よろしく、一人漫談よろしくガンガン喋る相手は決まって自分よりも「控えめ」な人達限定です。
相手が元からとにかく喋る人の場合は僕はあまり喋りません。僕は根っからの喋りたがりじゃないので、相手側が先天的にその性質を持っているととてもじゃないが釣り合わない。要は「自分は赤魔道士であって、それなりに白黒魔法を使えるけども、白黒魔道士それ自体が相手だと絶対に相手の方がプロフェッショナル。だから下手に勝負しない」みたいな感じです。

あ、これは別に相手に対して「勝っている、劣っている」なんて湾曲されたダーウィニズムよろしくな意味合いは1ミリたりともありませんのであしからず。

さてさて、これまでにも幾度となく言ってきたことなんですが、会話のキャッチボールがものすごく苦手なんですよね僕って。
もう長い間インターネッツに浸かっているので「誰かと喋る時に生じる沈黙もまた会話を構成している要素のひとつである」
なんてもっともらしい事言ってますが、沈黙や相槌がものすごく不安です。

まず沈黙に関してですが、沈黙が怖いから、沈黙をなんとかかき消さんととにかく喋るんですよね。先にも言いましたとおり、僕って相手が「控えめタイプ」だとそりゃものすごく喋るんで、というか相手が控えめ故に「主体が自分になってリードして、相手はたまーに反応するだけでいい」って方が、控えめタイプの人達は気が楽になるんじゃないかなぁと思っての行動なんですが。だけどもあまりにも喋りすぎると相手の負担にもなりかねない。それはつまり、控えめタイプだからこそ「俺の話をきけ。俺の話は正しい」ってのは余計に相手に対して負荷がかかりすぎるんじゃないかと。だからケースバイケースで相手の状況を考慮しながら、喋りすぎないように適度に相手にも話を振ってあげて、ちょっと相手が発言したらひたすら褒める。というかその発言に強い関心を抱いているんだ!という姿勢を見せる(見せると言ってもネット上なので声しか聞こえない訳なんですが)そうすると控えめタイプな子でも、「自分の話に興味を抱いてくれる人がいるのか」とどこかしらに潜む孤独感を緩和して、「自分がちょっとばかり主役になったかのような」心地よい気分にさせてあげる事ができるんじゃないかと。

あ、それから。
一般的にこの沈黙に気まずさを感じちゃう人って、それを取り繕う為に?つまり気まずさをかき消さんとする「あぁ...えぇっと」
「いやー」なんて言葉が口から出ちゃって、余計に気まずくなって軽くパニックに陥いって、そこから自己嫌悪&自己罪悪となり、相手に対して「ごめんね自分は面白い話できなくて」なーんて余計に気まずくしちゃう一言二言三言を放ってしまうんじゃないかなぁなんて思います。僕はこれをカッコ悪い事だと決めつけているので絶対口に出しません。なんでかって、長い間ねとらじでずーっと一人で喋ってきて、DJ側が「喋る事ねえや→いやーあのー→うん。~だよね(自己罪悪感)」なんて言ってるのを聞くとリスナー側は「萎える」んじゃないかなぁという思い込みがあるから。だから喋るネタが無くなった時は「やべ~~w喋る事ねえw→独自の空気感を演出しだす→とりあえず文句を言いまくる」という流れに持っていきます。つまり「自分の中で喋る事が無くなっても、自分はなんも悪くない。至って自然な事」っていう意志を持つべきって事です。控えめタイプの子ってこの辺りの事情で悩んじゃう人が多いと思います。控えめタイプな子ってリードしつつフォローもしてくれる方と喋るのが、対話における自信を養うためにうってつけなんですよね。

最期に。
上にごちゃごちゃと書いた事を誰かと話している最中に断片的に思わず声に出してしまって、(あぁ~余計な事言わなきゃよかったなぁ...相手もなんか困ってんなぁ...今度からあんまり口を挟まないようにしなきゃなぁ...)なーんて思っちゃっても大丈夫っす。
大切なことは「その時発言した事が短時間で結果に結びつく必要性はない。」って事です。
人と人が喋る時って、二人(或いは数人)が喋っている時間それ自体に価値がある訳です。
あなたが気まずい雰囲気だなぁ~って思っちゃっても、その気まずい雰囲気もまた会話を構成する重要材料って訳です。
例えばあなたが誰かと話している最中に何かしら「相手がよくわかってなさそうな事」を発言したとして、案の定相手はその発言の意図をうまく掴み取れていない(とあなたに見えた)としても、決して意味のない事じゃないって事です。

あなたがお風呂に入っている時唐突にだいぶ昔誰かしらと喋った事が脳裏に浮かんで「あれ?もしかしてこういう事?」みたいな時ってありません?そうです。会話ってのはお薬みたいなもんで短期決戦的なもんでもあれば、あとからじわーり効いてくるってのもあって。だからあなたが誰かと話していて発言したすべてのことは決して価値の無いものなんかじゃないって思います。



...といった上記のような、いわば「頭の中で無限に溢れ出る思考」を僕もよく誰かと喋ってる最中に口走る。ていうか発言しちゃってる事がよくありますが、「そういうのは頭の中だけで」なんてナンセンスだと思います。せっかく誰かと喋っているなら(よほど下品で誰かを陥れんとする悪質な愚痴ではなくて、純粋な思考それ自体に限りますが)相手に対して「自分はこんな人間だ」ってのをさらけ出していわば「フェア」な状態を相手に示せる人って人間らしいなぁ、って僕は素敵に感じますね。ただ逆もまたしかり。相手はどんな人なんだろ?ってゆっくり引き出す姿勢も大切なんじゃないでしょうか?デカルトであれ助産師であれって事ですよっと。
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