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ツイッター(ネット)依存&禁止に思う事。


なんつうかですね。みなさん、ツイッター(ネット)を禁止すれば何か変わるって思い込んでいる人が多いような気がするんですよね。ツイッター依存(ネット依存)って一言で表せば、全ての負の根源が、あたかもツイッター(ネット)の利用それ自体にある。そんな印象を受けてしまうのではないのでしょうか?


とりあえずのところ。「負の感情が伴う依存」の呼称って「ツイッター(ネット)上における、特定の人物(達)とのコミュニケーション依存」辺りが適切だと僕は思うんですよね。...てな訳で、ツイッター(ネット)に依存してるんじゃないんですよ。あくまでもコミュニケーションに依存してるんですね。(少なくとも、多くの人々が真っ先に連想する『ネット依存』であれば)

さてさて。じゃあ、「ツイッター(ネット)それ自体に依存している」なら、どんな感じなんでしょうかね?
僕は自身がそうであるという自負をもっているんですけどねぇ。
...どちらかと言えば「それ自体に固執している」に近いかな?

僕はあくまでもツイッター(ネット)を用いて「いかに自分が楽に生きるか」だけを考えますからね。こんな書き方したら相当性格悪そうに見えますが、安心してください。まさにその通りです。腹も肺もお先も真っ黒...。

さてさて。いわゆる「リアルの世界に生活の基盤がある方々」からよく「室長...お前さぁ、んな事言ってねえで、普通に○○すればいいじゃん」と言われるのですけども、僕は彼ら彼女らの「普通」に対して、なんの面白みも魅力も感じないので、全くする気になれません。主にバイトとかバイトとかバイトとか。あとバイトとか。

依存だから禁止すればいい訳なんですけども、せっかく「いんたーねっつ」の大海原に帆を上げたなら、もうちょっと冒険してみてはいかがですか?もしかすれば宝島が見つかるかもしれないし、気づけば船の墓場かもしれないし。
それこそ、どこかの喜劇王よろしく、そもそも船さえ出発していなかった。なんて事もあるかもしれませんけどね...。
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